2024 .11.23
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2013 .01.07
お薬を渡し終えたあと、患者様が投薬カウンターに荷物を置きっぱなしで帰りそうになるのであわてて呼び止めた。
患者様は、「あ」という顔をしてすぐに戻ってきました。70代のおばあちゃまです。
「よくあるの。この間はスーパーのトイレにおきわすれて、気がついてすぐに戻ったんだけど、かばんごとなくなってたのよ。おろして二日のかばんだったのに。財布からお金を抜き取られるだけならまだいいのに、保険証などが入ったポーチもなくなってたの」
ひどい話だ。
「現金は小銭もあわせて37000円くらい入ってたのよ。警察に届けたけど出てこない」
どんな言葉をかけたらいいのか分からず、ありきたりになってしまうが、
「大変でしたね。心ない人がいますね。」
と言うと、
「違うの。置いて忘れて行っちゃうほうが馬鹿なの」
とおっしゃる。
てっきり、「ひどいわよね」とおっしゃるかと思ったのでびっくりした。
「そんな…盗られた方が悪いなんて、そんなことないですよ」
私が重ねてそう言うと、患者様は私に子供か孫に言い聞かせるかのようにおっしゃった。
「いまはそういう世の中なのよ。盗られるようなうっかりをする自分が悪いの」
と言う。
どう考えたって、盗る方が悪いのに…。
そんな風に思わせるほど荒んだ世の中ってなんか嫌だなと思った。
と、不意に、患者様が私に尋ねた。
「ねえ、あなたトイレするとき、カバン持ったままする?」
え!?
一瞬耳を疑ったが、聞き間違うわけもなく、
「いえ、フックにかけますよ」
そうお返事した。
「そうでしょ。フックにかけると、トイレから出るときに見えるし、体に当たるからわかるのよ。私もカバンもコートもフックにかけたり置いたりしてから用を足すの」
患者様に同意して頷くと、
「そのときはね、トイレのフックが壊れてたのよ。それで、カバンを脇にある台に置いたの。それで忘れちゃったのよ」
と言う。
「それでね、それをお友達に言ったら、台に置くから悪いのよって言うの」
台に荷物を置かずして、いかにして用を足すというのだろう…。
疑問に思っていると、私が考えていることが分かったかのように患者様が種明かしをしてくださった。
「みんなね、かばん持ったまま用を足すんですって」
「えええ!!!」
みなさん、カバンを身に着けたまま用を足すんですか?
いや、そんなまさか。
びっくりして患者様に尋ねると、
「びっくりでしょう?私もびっくり。でも、みんなかばんを持ったままするんですってよ。私、そんなことできないわよ」
私も出来ません。
患者様に同意した。
「まあ、それはとにかくね、それ以来、外出先でトイレに行くのが怖くなっちゃって。鬼門みたいな感じっていうのかしら…」
さっきまで、楽しそうにお話されていたのに、急にしゅんとしおれたようになって、そうおっしゃった。
外出先でトイレに行くのをためらわないといけないって、どんな気持ちなんだろう。
なんだか切なくなってきた。
こんな風にお年寄りの自信を奪うって、犯人はきっと思ってもいないのだろう。
「とにかく、あなたも気を付けるのよ。かばんは体から離しちゃだめよ」
念を押しながら、今度はしっかり荷物を手に、その患者様は帰って行かれた。
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